大家さんおおやさんのBlog

株式会社 若竹寮
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7月5日です。
7月5日は、私たちの寮の基礎全てを作ったといえる渡辺弥生の命日であります。
命日にあたり、事務所3階のお仏壇の埃落としをしておりましたら、葬儀の際に留学生の方にしていただいたご挨拶の原稿が出てまいりました。ここにそれをご紹介したいと思います。

 長い間お世話になりました。渡辺弥生様が亡くなられたことを知りまして、私達留学生はかなしい気持ちでいっぱいです。ここで私はみんなの代表として追悼の辞を言わせて頂きます。
 戦争の時、上海におられたことがあるせいか、おばあ様が昔から広い心を持って、熱心に留学生のお世話と国際親善活動をなされてきました。女子留学生寮の理事をなされながら、自本のアパートを多く留学生に貸してくださいました。特に、奨学金の種類に応じて、礼金をもらわなかったり、家賃を安くして頂きまして、日本の生活に慣れなかった私達がとても助かりました。若竹寮や宏一荘には先輩達の多くは住んだことがあるし、同級生や後輩達は今でも入っています。留学生が家を遠く離れて、きっと寂しいでしょうと思われて、おばあ様はお正月に自本の所のアパートに入っている留学生を集めて、新年会を開くことにしています。ご家族のみんな様もいらっしゃって、日本の芸を披露してくださったりして、毎回とても楽しくすごしていました。それを通じて日本人の熱かい心を感じさせてくださいました。
 ある日、病院へ行った時、住所を書きました。そうするとお医者さんが渡辺方で、弥生さんですかと聞きまして、はいと答えましたら知っていると先生がおっしゃっていました。もう、二、三十年前のことかしら、留学生寮を建設するために、おばあさんが募金をしにきたことがあると教えてくださいました。留学生の友達に渡辺様の所で下宿していると言うと、みんなすぐに京大留学生のクリスマスパーティに出席する一番長老の方ですねぇと分かってくれます。このように渡辺弥生様がみんなによく知られて、好かれている国際的なおばあさんです。
 もう私達は再びおばあさんに会うことはできませんが、おばあさんのことはいつまでも忘れられません。自分の国へ帰ったら、おばあさんに見ならって、国際親善と世界の和平のために貢献したいと思っています。

昭和六十三年七月八日
留学生代表
張 倩

以上、原文のまま掲載いたします。 
かれこれ20年近くも前の出来事になりますが、その当時の留学生の方の貴重なご意見だと思います。始まったころの寮運営の基本姿勢を忘れないように頑張って行こうと思わせてくれる原稿でした。
| wakatakeryo | - | 23:41 | comments(0) | trackbacks(0) |









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